2016/02/26

姉のこと 1968年

ぼくには二人の姉がいます。
長姉は以前歌手でした。
そのあたりのことをお話したいと思います。

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ぼくの姉は「小栗アキ」という芸名で、1968年(昭和43年)11月に日本コロムビアの新興レーベルであるデノンレコードから「雨に別れて(作詞:有馬三恵子,作曲:鈴木淳)」という曲でデビューした。

有馬三恵子といえば、伊東ゆかり「小指の想い出」南沙織「17才」金井克子「他人の関係」等、数多くのヒット曲を手がける売れっ子作詞家、かたや鈴木淳は伊東ゆかり「小指の想い出」西田佐知子「恋なんてしたくない」等を手がけた新進気鋭の作曲家。
この作家コンビを起用したことからも、当時の小栗アキに対するメーカーの力の入れようが伺い知れる。

小栗アキは『デノンガール』というキャッチフレーズを貰って、結構華々しくデビューした(ような気がする)。
コロムビアも新興レーベルからのの第一弾ガール・シンガーということで、気合いが入っていたのをぼくも子供心ながらに感じていた。

  • デビュー曲「雨に別れて」のジャケット


  • 二枚目のシングル盤「小麦色の恋人」


  • 三枚目と四枚目「傷あとの消える日まで」「恋はながれて」

  
  • レーベルプロモーション用に配布されたレコード。

姉が出した曲のサウンドは、どれも当時流行っていたGS(グループ・サウンズ)と歌謡曲の中間のようなポップスで、ちょっと西田佐知子やいしだあゆみを彷彿とさせるような、ノンビブラートの唄い方がぼくは結構好きだった。

ちなみに1968年にデビューした主な歌手、グループは以下の通り。

オックス、キングトーンズ、ヒデとロザンナ、ピンキーとキラーズ、
ザ・リガニーズ、篠 ヒロコ、あおい輝彦、和田アキ子

結局四枚のシングル盤を出したものの、どれもあまり売れずに何年後かに小栗アキは引退した。

姉が芸能活動をしていることは知っていたが、まだ小学生だったぼくにはそのあたりのことが今ひとつよく分からずに、姉の活動にあまり興味も無かった。
なので、当時姉がどのような活動をしていたのか実はよく知らない。

一度か二度テレビで歌っている姉を観たことがあったが、その時も「ふ〜ん、テレビに出れるんだ」ぐらいにしか思わなかった。

ぼくが中学生の頃、姉が京都のキャバレーだかクラブだかに長期で出演していることを知り、姉を訪ねるという口実の元、友達と京都旅行をしたことがある。

結局その時も姉には会わずに帰って来てしまった。
全くもって薄情な弟である(笑)