2016/03/22

熱海 #3

 熱海Part.3です。

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間もなくメインのショーの一部が終了した。いよいよぼく達の出番がやってきた。
緊張の面持ちでリオのカーニバルの衣装を纏ったぼく達は、猫の額ほどのステージに上がった。と同時にぼくはハゲシくアガってしまった。

バンマスが横でささやく。「一曲目は4○番の”熱海の夜”な。」熱海の夜??全然知らない曲だが、どうやら「熱海の夜」という曲は箱崎伸一郎が歌った曲で、熱海の温泉宿では定番の曲らしい。

ぼくの心臓はもうバックバクである。後ろを見るとスティックを握るSくんの手も震えている。
そのSくんのカウントから「熱海の夜」のイントロが、8分の12拍子ビートに乗ったバンマスの華麗なギタープレイで始まった。ぼくはコードと譜面を追うので精一杯である。
それでも何とか一曲目のコーダ部分にさしかかった時、バンマスが耳打ちしてきた。
「次は231番な。」これがさっき話していた次の曲への合図のことだったのかぁ、なるほど〜。などと感心している場合ではない。

あわてて赤本のページをめくるが、まだ演奏の途中である。
演奏しながらページをめくるのは至難の技だ。なにせエンディングのコードを視界に入れつつ、右手で演奏しながら左手でページをめくり、231番の曲が載っているページまでたどり着かなければならないのである。
そんなウルトラEの新月面宙返り三回転半ひねり、着地も決まって10点満点!!みたいなことがヒヨッコのぼくにできるはずもなく、案の定演奏はボロボロになってしまった。
おかげでその後に何をどうやって演奏したのか、さっぱり覚えていない。

それでも何とかその日の二回のステージを終えたぼくは、すっかり疲れて果ててしまっていた。
ふと時計を見ると夜の10時30分を過ぎている。実際の演奏時間は一時間位なのだが、ショーとショーの合間にステージがあるので、すべてが終わるとどうやらこのぐらいの時間になるらしい。

部屋に戻って着替えを済ますとバンマスがみんなに言った。「ちょっと軽く飲みに行くか。」飲みに行くっていっても、ぼくはまだ一応未成年の身なのだが。
静観荘を出て数分歩いたところに小さなスナックがあった。

その小さなスナックに入ると、スナックのママとバンマスは知り合いらしく、「あら〜、カネミッちゃんお久しぶりぃ〜。こちらはお連れさん?随分かわいいボウヤ達ねぇ〜。」などと化粧っ気のない顔でママは言った。
「あぁ、こいつら今日から熱海に来たバンドのメンバー。しばらく居るから可愛がってやってよ。」「あらん、よ・ろ・し・く・ねっ!」「はぁ、よろしくお願いします。」
ぼくは訳も分からず頭を下げた。

「ママ、ビール。おまえらもビールでいいだろ?」「はぁ。」一応未成年の身としては断らなくてはいけないのだが、どうもそういう雰囲気ではない。
ママから注がれたビールを空きっ腹に流し込むと、一気に酔いがまわってきた。もともと酒に弱いぼくはアッという間にゆでダコのようになってしまった。「あら、こちらのボクは飲めないの?もう真っ赤よ〜。」「すいません、弱いんです。」

数時間後に店を出ると雨もすっかり上がり、空には星がでていた。
ようやくやっと長い一日が終わろうとしていた。
すっかり酔っぱらって火照ったぼくの顔を、海からの風がやさしく撫でていった。

次の日、二日酔い気味で目をさますと、とてもいい天気になっていた。
ぼく達が寝泊まりしている部屋は、屋上にあるペントハウスのようなところなので、一歩外に出るといきなり目の前には青い空と海が広がっている。

そこから見える景色はそれはもう素晴らしくて、ぼくはよくここでぼ〜っとしながら海を見ているのが好きだった。目の前に初島がくっきりと見え、天気の良い日には伊豆大島までが見渡せた。その朝も海を見ながら屋上で歯を磨いていると、隣りの部屋から浴衣の前がはだけたおじさんが起きてきた。どうも昨日のショーに出ていたダイナブラザーズのメンバーの人のようだ。

ぼく達が寝泊まりしているペントハウスは二部屋に分かれていて、一部屋をぼく達が使い、もう一部屋をダイナのおじさん達が使っていた。バンドのメンバーは、むこうも一応は4人編成らしいのだが、日によって3人になったり4人になったりするらしい、と言うことが後から分かった。

ダイナのおじさんは酒灼けした顔で、思いっきりあくびをしながらぼくに話しかけてきた。「おにーちゃんかい、今度きた若いのってぇのは。」「はぁ。」気のない返事をするとダイナのおじさんは「今度一緒に麻雀やろう、なっ!ガハハハ。」と叫んでどこかに行ってしまった。

「麻雀かぁ、しばらくやってないなぁ」。高校生のころ友達の家で、よく徹夜麻雀をやったりしたことはあったが、麻雀はそれ以来ご無沙汰している。
「でもあのおじさん達とやったら、カモられるのは目に見えてるな。やっぱ辞めとこ。」

これから二ヶ月の間、何が起こるのか楽しみなような怖いような、ちょっと複雑な気持ちで、ぼくは熱海の海を眺めていた。 

静観荘の屋上にて。1976年5月。