2016/03/20

浜田省吾 #4 The Fuse誕生

ぼくが浜田省吾さんのバンドに加入して初めてのツアー〜The Fuse誕生のエピソードなど。

 ++++++++++++++++++++++++++++++++

ぼくが正式に浜田省吾さんのバンドに加入して初めてのツアーが、79年9月22日岡山市民文化ホールを皮切りに始まった。翌年2月1日の横須賀市民文化会館までの40数本のツアーである。

ぼくも浜田さんとの初めてのツアーということで最初は緊張していたのだが、本数を重ねるうちに雰囲気にも馴染んで来て、ツアーが終わる頃にはバンドのメンバーともすっかり仲良しになっていた。

そしてそろそろ春の便りが届く頃、ぼく達は次のツアーに向けて赤坂のリハーサル・スタジオに連日のように詰めていた。

1980年の春のツアーは「Vision」という言葉がキーワードになっていて、ステージのバックにも大きくVisionと書かれた書き割りが吊されていた。

バンドのメンバーも固定し、これから始まる春のツアーに胸躍らせていた。
80年春のツアーは3月22日の徳島文化センターから、7月20日栃木会館までの計43本。

このときのバンドのメンバーは
ドラムス:鈴木俊二
ベース:岡嶋善文
ギター:町支寛二
キーボード:一戸清
キーボード:板倉雅一
といったラインアップだった。

ある日ツアーの移動中の新幹線の食堂車で、浜田省吾さんを含むバンドのメンバーと食事をしていたときに、このバンドにはまだ名前が無いので、どうせならバンド名を付けようという話になった。
それはグッドアイデアとばかりに、みんなあれやこれや思いついたバンド名を挙げたが、どれも今ひとつピンとくる名前が出てこない。

そこでぼくが当時よく聞いていた、ジャクソン・ブラウンの「プリテンダー」というアルバムの一曲目に入っている「The Fuse」という曲名をバンド名にするのはどうかな?と提案すると、みんなが「ザ・フューズ?いいねぇ〜、その名前!」と言った。
The Fuseとは導火線とか触媒とかの意味があって、浜田省吾をバックアップするバンド名としてはなかなかいいのでは?と思った。

しかし浜田省吾さんは別のバンド名を考えていたらしく、「The Fuse」もいいと思うけど「プリテンダーズ」とか「アウト・サイダーズ」というのはどうかな?と提案してきた。
「プリテンダーズ」というのは言うまでもなく、やはりジャクソン・ブラウンのアルバムタイトルである。

しかしすでにイギリスに「プリテンダーズ」というバンドがいたので、これは却下となった。
「アウト・サイダーズ」も同じ名前のバンドがいたような気がする、とバンドメンバーの誰かが言ったのでこれも却下と相成った。
後に「アウト・サイダーズ」は浜田省吾さんの野球チームの名前となった。

そんなわけで1980年の或る日或る場所を移動中、新幹線の食堂車内にて浜田省吾&The Fuseが誕生した。

1980年Visionツアー。どこかの会館でのリハーサルの様子。
ベースの岡島ブンちゃんと。