2016/03/24

浜田省吾#7 因島

ぼくは浜田省吾さんのツアーで全国津々浦々を廻りましたが、その中でも何カ所か印象に残っている場所があります。

今回はそんな場所の一つ、因島でのコンサートのことを思い出してみます。

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1979年11月8日から、関西学院大学での学園祭出演を皮切りに始まった、浜田省吾の関西〜中国ツアーは、11福山大学学園祭 13因島市民会館 15萩市民会館 16三次文化会館 18山口大学学園祭 19高梁市民会館と廻る、約二週間の日程のツアーだった。

11月11日に広島の福山大学での学園祭を終えたぼく達は、12日に三原から船で因島に入った。因島は現在は尾道市に属しているが、当時は因島市として独立していた。

島に着いてすぐにぼく達は、二階建ての簡素な作りの旅館に連れて行かれた。
旅館というよりも、まるでどこかの会社の保養所みたいだな、とぼくは思った。

明日のコンサートまでオフなので、浜田さんとバンドのメンバーは二組に別れて休日を過ごすことにした。
ドラムの俊ちゃんとギターの町支くんは、どこからか二千円の竿を買って来て、釣りに行くと張り切っている。
ぼくとキーボードのいっぺいちゃん、ベースのブンちゃん、そして浜田さんの四人はレンタカーを借りて島を一周することにした。

さっそく小さな車を借りて来て、ブンちゃんの運転で島をドライブした。
走り出してすぐに大きな造船所が見えて来た。
因島は当時、造船の島と呼ばれていて日立の巨大な造船所があった。その時も一隻の船を造っている最中で、ぼく達はその大きさに息を呑んだ。

造船所を見たり車の中で音楽を聴いたりして、はしゃいでいたぼく達四人だったが、四方を海に囲まれた小さな島なので、そんなに時間を要することなく島を一周してしまった。それでもぼく達は美しい景色を堪能することが出来て満足だった。

釣りチームの二人は、今夜の夕食のおかずを釣ってくると豪語して出かけて行ったが、釣果はゼロであった。釣れたての魚を期待していたぼく達は大いにガッカリした。

明けて11月13日、因島市民会館でのコンサートの日になった。

会場の因島市民会館は約千人ほどのキャパの小さな会館で、どこか懐かしい雰囲気のする建物だった。
こんな小さな島でコンサートをやって、果たしてお客さんは来てくれるのか心配していたぼく達だったが、コンサートが始まってみたら客席はほぼ満杯で、ぼく達は胸を撫で下ろした。

コンサートが始まってステージから客席を見渡すと、おそらく今日来た大半の方が、初めて浜田さんのコンサートを観るのではないかと思われるようなムードが、何となく全体に漂っていた。
そして大音量でのコンサートにちょっと戸惑っている風でもあった。

この日のセットリストは以下の通り。

1.ひとりぼっちのハイウェイ
2.愛を眠らせて
3.朝のシルエット
4.いつかもうすぐ
5.いつわりの日々
6.恋の西武新宿線
7.愛のかけひき
8.涙あふれて
9.片思い
10.幻想庭園
11.風を感じて
12.今夜はごきげん

アンコール
1.さよならの前に
2.ミッドナイト・ブルートレイン

オープニングの「ひとりぼっちのハイウェイ」の前には、オーバーチャーのようなちょっとした長めのイントロが付いていた。

「朝のシルエット」は町支、岡島、板倉の三声によるアカペラのコーラスから始まるアレンジだった。

エンディングの「今夜はごきげん」アンコールの「さよならの前」は、レコードになったアレンジとは、かなり違う感じのアレンジで演奏していた。

浜田さんもぼく達バンドも、いつもとはちょっと違う雰囲気に最初は緊張したが、終わってみればいつものように盛り上がったコンサートになった。

コンサート終了後、地元の方々も交えての打ち上げが行われた。
中には村上水軍の末裔の方もいらしていて、とても興味深い話を聞くことが出来た。

海の幸を堪能したぼく達は、すっかりいい気分になって、満天の夜空を眺めながら歩いて旅館まで帰った。

1979年頃。ヒゲを生やしていた。