2016/04/05

浜田省吾 #10  81年新宿厚生年金会館

1981年の4月に翌年の日本武道館公演の前哨戦とも言えるコンサートが、新宿で行われました。
今回はその時の話です。

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1981年の3月から浜田省吾春のツアーが始まった。
第一弾の中国、四国ツアーを終えて東京に戻って来たぼく達は、4月5日に赤坂のBack Pageスタジオで、明日に控えた新宿厚生年金会館でのコンサートのリハーサルを行った。

ちなみにこのツアーからベースシストが岡島善文から、甲斐バンドのサポートメンバーだった江澤宏明に代わった。

江澤くんは西本明の高校の同級生で、二人は同じアマチュアバンドで活動していた。
そんなことから、ぼくは明くんを介して江澤くんと知り合った。
当時から明くんと江澤くんは、アマチュアとは思えないテクニックとセンスを持ち合わせていて、初めて一緒にプレイした時は本当にびっくりした。

やがて明くんはぼくのアパートに転がり込んで来て、一緒に甲斐バンドのツアーを廻るようになり、その後明くんは浜田省吾さんのバンドに加わり、後にぼくが浜田さんのバンドに入り、明くんは甲斐バンドへ戻るという、何とも運命のイタズラと言うか不思議な縁で繋がっていた。
そして江澤くんを甲斐バンドに紹介したのもぼくだった。後に江澤くんも浜田さんのバンドに加入することになる。

もうひとつ加えると、ぼくがCoastというバンドで一緒だったギターの佐藤英二くんも、江澤くんと同時期に甲斐バンドに加入する。
そして英二くんは浜田さんの海の中道での「A Place In The Sun」や、アルバム「Down By The Mainstreet」のレコーディングにも参加する。
このあたりの相関図を作ったら結構ややこしくて面白そうである(笑)。

4月6日、新宿厚生年金会館での公演は素晴らしかった。
来年の1月に日本武道館公演を敢行することはすでに告知済みだったが、改めてまたこの日にも発表したような気がする。
そんなこともあって、この日のコンサートはテンションが高かった。
14日にも追加公演が行われたのだが、両日とも良いコンサートだった。

どちらの日だったか定かではないが、リハーサルの最中にぼくはグランドピアノの弦を数本切ってしまい、ピアノの弦の張り替えに時間がかかって、開演が大幅に遅れたことを覚えている。

コンサート終了後、メンバー、スタッフ、イベンターの方も一緒に歌舞伎町で打ち上げが行われた。みんな口々に凄くいいコンサートだったと誉めてくれた。
浜田さんとぼく達バンドも非常に手応えを感じたコンサートだったので、すごく嬉しくて何軒もお店をハシゴした。

みんなベロンベロンに酔っぱらって、明け方近くになった時、誰かがボーリングをやろうと言い出した。もう朝の4時か5時になっていた。
それでもまだ誰も帰ろうとしなかった。みんなまだ帰りたくなかった。素晴らしかったコンサートの興奮と余韻にまだ浸っていたかった。
みんなで明け方の歌舞伎町のボーリング場に繰り出した。イベンターも一緒だった。

結局朝の7時過ぎまでボーリングをやってやっと解散になった。
みんな幸せそうな顔をしていた。ぼくも幸せだった。

会社に向かう大勢の人達とすれ違いながら、ぼくは朝陽の中を家路についた。

1981/4/8&14新宿厚生年金会館セットリスト
(多分こんな感じだったと思う)

1.生まれたところを遠く離れて~終わりなき疾走
2.今夜こそ
3.愛のかけひき
4.ガラスの部屋
5.涙あふれて
6.いつわりの日々
7.丘の上の愛
8.いつかもうすぐ
9.とぎれた愛の物語
10.東京
11.反抗期
12.陽のあたる場所
13.青春のヴィジョン
14.壁に向かって
15.明日なき世代
16.ラストダンス

アンコール  
17.ミッドナイトブルートレイン
18.演奏旅行

ダブルアンコール
19.路地裏の少年

トリプルアンコール
20.あばずれセヴンティーン
21.風を感じて