2016/04/02

浜田省吾 #9 さよならの前に

今回は、ぼくが初めて浜田省吾さんの曲のアレンジをやらせてもらった時のレコーディングの話です。

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1980年の秋をツアーを81年1月31日の栃木会館公演で終えたぼく達は、約一ヶ月のオフに入った。しかしぼくはその間にも、友部正人さんのレコーディングやリハーサル等が入っていて、あまりゆっくりしている時間は無かった。

3月に入ると浜田省吾81年春のツアーのリハーサルが、赤坂のBack Pageスタジオで始まった。
リハーサルの合間の3月5日には、テレビ神奈川の音楽番組「ファイティング80's」収録が蒲田の日本電子工学院ホールで行われた。

この時のセットリストは以下の通り。

・終わりなき疾走
・反抗期
・陽のあたる場所
・明日なき世代

そしてリハーサルの合間の3月8日と9日に、CBSソニー六本木スタジオでシングル「ラストショー」のカップリング曲となる「さよならの前に」のレコーディングが行われた。

CBSソニー六本木スタジオは、六本木のど真ん中にあるスタジオで、同じビルの地下には六本木PIT INNも入っていた。
当時ソニーは都内に二つのスタジオを所有していて、一つがCBSソニー信濃町スタジオ、もう一つがCBSソニー六本木スタジオだった。
ぼく達を始め、音楽業界の人達は、通称「シナソ」「ロクソ」と呼んでいた。

そのロクソで「さよならの前に」はレコーディングされたのだが、レコーディングはことのほか難航した。「さよならの前に」は、ぼくが初めて浜田さんの曲のアレンジを担当した曲で、A面のラストショーは水谷公生さんの編曲だった。

ぼくは初めて浜田さんの曲の編曲者として、自分の名前がクレジットされるということで、編曲者の名に恥じないようにプレッシャーと戦いながらも一生懸命編曲した。

レコーディングメンバーはThe Fuse。Fuseでの浜田さんのレコーディングは、80年にリリースされた「明日なき世代」のカップリング曲だった「演奏旅行」以来二度目になる。

3月8日、ロクソに集合したFuseのメンバーは、スタジオ入りして各々の楽器をセッティングすると「さよならの前に」のリズム録りの作業に取りかかった。
リズム録りとは、曲の土台となるベーシックな楽器の録音のことで、この時に最初に録音したのはドラム、ベース、エレキギター、アコースティックピアノの、俗にフォー・リズムと呼ばれる編成。
リズム録りを終えた後には、ギターソロやオルガン、サックス等を録音する段取りになっていた。

写譜屋さんと呼ばれる、譜面を綺麗に清書してくれる方の手によって、見違えるように綺麗になったぼくがアレンジした譜面を、インペク屋さんがメンバーに配る。
インペク屋とは、ミュージシャンの手配をする人の略称で、元はインスペクター(inspector:検査官・指導主事の意)から来ている。レコーディングの現場では非常に重要な役割を担う仕事である。

やがて各楽器のサウンドチェックが始まった。スタジオの金魚鉢と呼ばれる、ブースの中にいるエンジニアからミュージシャンにいろいろ注文が飛ぶ。
スネアの音やシンバルの音等、まずはドラムのサウンドチェックが入念に行われる。
エンジニアのSさんからのリクエストに、ドラムの鈴木俊二くんが応えて行く。
続いてベース、エレギギター、ピアノと一通りサウンドチェックを終え、浜田さんのガイドボーカルのチェックに入る。

大体のチェックを終え、譜面を元に何回か演奏してみる。浜田さんも一緒に歌ってみて曲のテンポを決める。テンポが決まると一度レコーディングをしてプレイバックを聴いてみる。
このような流れの作業を何回も繰り返して、いいテイクが録れたところでリズム録りは終了するのだが、この日はなかなかいいテイクが録れなかった。

理由はクリックにあった。
クリックというのはガイドとなるテンポのことで、通常はカウベルの音やリムショットの音等で、一定のビートを刻んでいる音を聴きながらミュージシャンは演奏する。メトロノームを思い浮かべていただければ分かりやすいかと思う。
クリックを聴きながら演奏することで、曲の中でテンポが早くなったり遅くなったりすることを防ぐことが出来る。

しかし、クリックに合わそうとするあまり演奏がこじんまりとしてしまい、ダイナミックな感じが失われてしまうことも多々ある。
今回のいいテイクが録れない原因は、バンドがクリックに合わそうとして、端正な演奏になってしまったことにあった。

「さよならの前に」はロックンロールとR&Bのテイストが入った曲で、サウンドの狙いもそんなニュアンスを出すところにあった。
カチッとした演奏よりも、多少ラフでライブ感のある演奏を録りたかったので、一度クリックを外して演奏してみようということになった。
するとみるみる躍動感のある、いつもコンサートで演奏しているようなライブ感のある雰囲気が出せて、クリックを外してからはすぐにいいテイクを録音することが出来た。
ぼくはこの時のレコーディングで、闇雲にクリック至上主義になってしまうのは、時によっては無意味なことがあることを学習した。

初日のリズム録りを終えて、二日目の3月9日はダビング作業の日になった。
ベーシックなエレキギターを重ねたり、ギターソロを入れたり、一戸くんのオルガンを入れたりと、やることは山のようにあった。

中でも二日目のハイライトはサックスのダビングだった。
サックス奏者はジェイク・H・コンセプション。超売れっ子の、泣く子も黙る超一流のサキソホン奏者である。
ぼくはジェイクさんとは何年か前に、甲斐バンドの「HERO〜ヒーローになる時それは今〜」のレコーディングの時にご一緒したことがあった。

挨拶もそこそこに緊張しながら、ぼくはジェイクさんに自分が書いたサックスの譜面を説明した。
テナーサックスで間奏とエンディングのソロを吹いて欲しいことと、バリトンサックスでアクセントのフレーズ吹いて欲しい旨を伝えた。
しばらくじっとぼくの説明を聴いていたジェイクさんは、一言「OK。」と言うとスタジオの中に入って行った。

一度テストで録音したオケを流してみる。
曲の間奏の部分に差し掛かると、いきなり超カッコいいサックスのフレーズが炸裂した。
あまりの迫力と格好良さに、ぼく達はコントロールルームの中でひっくり返りそうになった。
ジェイクさんの素晴らしい演奏のおかげで、サックスソロは1テイクか2テイクで録れてしまった。
続いてバリトンサックスのダビングもあっという間に終了。
超一流のプレイヤーの力量をまざまざと見せつけられ、ぼくは軽いショックを受けた。

ジェイクさんのサックスダビングの後は、スタジオに遊びに来ていたツアークルーにも参加してもらって、曲のイントロとアウトロに入れる歓声を録音した。
これはパーティ気分であっという間に終了した。

二日間に及んだ「さよならの前に」のレコーディングセッションは無事に終了した。
ぼくにとっても記念碑的な作品となった。

The Fuse