2016/05/07

浜田省吾 #19 1983 A Place In The Sun

1983年8月13日、福岡海の中道海浜公園にて浜田省吾のコンサート「A Place In The Sun」が25,000人の観客を動員して開催されました。
その時のお話です。

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1983年春のツアーの終盤、旅と旅の合間を縫ってぼく達は渋谷のリハーサルスタジオにいた。8月13日に福岡海の中道海浜公園で行われる、浜田省吾初の野外イベントのリハーサルだった。

実はこの前年、82年の夏に野外イベントをやる企画が進行していて、82年4月17日に行われた神奈川県民ホールでのコンサートの時に、浜田省吾本人の口から発表があった。
場所は香川県の仁尾町、太陽熱エネルギーの発電所がある場所でのコンサートがほぼ決まりかけていた。

クリーンなエネルギーを使っての野外コンサート、そしてビッグサプライズとしてジャクソン・ブラウンをゲストに呼ぶ話まで具体的になっていた。
そしてジャクソンのバッキングを、ぼく達The Fuseが担当するという話でまとまりかけていた。

ぼく達はみんなジャクソン・ブラウンのファンなのは勿論の事、当時ジャクソンのライブやレコーディングで演奏していたバンド「The Section」のメンバーをリスペクトしていたので、The Sectionのメンバーを中心としたジャクソンのバックアップバンドの代わりに、ぼく達がジャクソンのバッキングを担当出来ることになるかもしれないという話を聞いた時は、飛び上がらんばかりに狂喜した。

ジャクソン・ブラウンの曲はリハーサルの時などによく演奏していたし、ほぼすべての曲をコピーしていたのでThe Sectionのようには出来なくても、ぼく達なりの解釈で演奏する自信があった。
ぼく達は四国での野外イベントの最終決定を心待ちにしていた。

しかし残念ながら諸事情から四国での野外イベントも、ジャクソン・ブラウンとの共演も実現することは無かった。
その代案として一年後に決まったのが、福岡海の中道海浜公園での野外イベントだった。

7月28日の松本社会文化会館でのコンサート終え、7月30、31日がリハーサルの第1
クールだった。リハーサルの場所は渋谷の道玄坂を上りきったところにあったMACスタジオ。
間に8月5日の帯広市民会館でのコンサートを挟み、8月7日からリハーサルの第2クールがスタートした。

8月11日にすべてのリハーサルを終えると、ぼく達は12日に福岡入りした。蒸し暑い日だった。
ぼく達は福岡空港に到着するとすぐにそのまま会場入りした。この日は本番を想定したゲネプロを行うことになっていた。
ゲネプロとは和製ドイツ語で最終の通しリハーサルのことで、通常は本番とほぼ同じように行われる。ただしこの日のゲネプロはすべての曲をやるわけではなく、要所要所のチェックがメインであった。

会場に着くと曇り空ではあったが、すごく蒸し暑くて風が強かった。メンバー、スタッフ共にTシャツ、短パン姿でのリハーサルが始まった。ぼくはリハーサル前からあまりの暑さで、すでに上半身裸になっていた。

この時のバンドメンバーは

The Fuse
ドラムス:鈴木俊二
ベース:江澤宏明
ギター:町支寛二
キーボード:一戸清
キーボード:板倉雅一
サックス:古村敏比古

ゲストギタリスト
ギター:佐藤英二

The Fuseのメンバー6人+ギターの佐藤英二、ホーンセクション4名、そして浜田省吾の12人編成のバンドだった。
ゲストギタリストの佐藤英二は昔一緒にCoastというバンドで活動していたぼくの旧友で、庄野真代や甲斐バンドのサポート、尾崎豊のレコーディング等でも一緒だった。

午後6時頃から始まったリハーサルは8時30分頃まで続いた。
リハーサルを終え一旦福岡市内に戻ったぼく達は、食事を終えると次の日に備えて早めにホテルに戻った。

当日はお昼頃に会場入りして、ステージ横に設置されたプレハブの楽屋や楽屋の外に設置されたスペースで待機した。
そして夕方5時過ぎ、初めての「A Place In The Sun」が幕を開けた。
セットリストは以下の通り。

1. 壁にむかって
2. 明日なき世代
3. モダンガール
4. DJお願い~バックシートラブ
5. さよならスイート・ホーム
6. 青春のヴィジョン
7. 今夜こそ〜Love Me Tender
8. ラストショー
9. あの頃の僕
10. 愛のかけひき
11. いつかもうすぐ
12. 愛しい人へ
13. 風を感じて
14. 家路〜終わりなき疾走
15. 独立記念日
16. パーキング・メーターに気をつけろ!
~途切れた恋の物語~(インストゥルメンタル)
17. いつわりの日々
18. 片想い
19. 陽のあたる場所
20. マイホームタウン
21. 土曜の夜と日曜の朝
22. 反抗期
23. Over The Rainbow〜東京
24. 愛の世代の前に
25. 凱旋門
26. 僕と彼女と週末に

アンコール
27. 路地裏の少年
28. THE LITTLE ROCKER'S MEDLEY
(今夜はごきげん~High School Rock&Roll~あばずれセブンティーン)
29. Midnight Blue Train

セットリストを見て思い出すのは、中盤のアコースティックセクション。ちょうど日が傾きかけて来た頃で、だんだんと空が茜色に染まって行く様子を、ぼくはステージから眺めながら演奏していた。とても綺麗な夕焼けだった。

『あの頃の僕』は確か一番をインストゥルメンタルでやって、その間に着替えを済ませた浜田さんが途中から登場した。

『風を感じて』は、ぼくもアコーディオンを抱えてステージ中央に出て、浜田さんと町支さんの三人で横一列に並んで演奏した。客席を三分割して、お客さんにも参加してもらっての大合唱となった。

『家路』は、ぼくと浜田さんの二人でワンコーラスだけやって、次の『終わりなき疾走』に繋がる展開だった。

『途切れた恋の物語』はピアノとシンセ、トランペットだけのインストゥルメンタル。

『Over The Rainbow』は、ぼくのピアノと古村くんのサックスでの二人だけの演奏。そしてそのまま次の『東京』になだれ込んで行った。

圧巻は後半〜ラストの『僕と彼女と週末に』だった。
圧倒的なスピード感&ドライブ感で、グイグイと畳み掛けるようなバンドサウンドは、紛れも無くこの時の浜田省吾&The Fuseにしか出し得なかった音だった。

この年の秋から始まった『ファースト・フィナーレツアー』を最後に、第二期The Fuseは消滅する。
勿論ファースト・フィナーレツアーでも毎回ベストは尽くしていたが
、バンドが終焉に向かって行くのをカウントダウンしていくツアーでもあった。

この海の中道でのコンサートが、おそらくぼく達第二期The Fuseのピークであり、ロウソクの炎が消える前の煌めきだったのだと思う。

アンコールの最後『Midnight Blue Train』では、終わってしまうという寂しさがこみ上げて来て、演奏していて思わず胸が熱くなった。

コンサート終演後、ぼく達はすぐにチャーターしていた釣り船のような小さな漁船に乗り込み、海を渡って福岡市内まで戻った。コンサートと漁船のギャップが何だか妙に可笑しかった。

ぼくは漁船の上で夏の夜風に吹かれながら、闇に浮かぶ対岸の福岡市内の夜景をずっと眺めていた。

1983年8月12日海の中道海浜公園。サウンドチェックの模様。
ドラムの鈴木俊二くんの後ろに大きな銅鑼が見える。何の曲で鳴らしたのだろう?

ぼくのスペース。とても広かった。手前からフェンダー・ローズ・スーツケース73key、KAWAI KP-308クリスタル仕様、KPの上にRoland Juno-60、KAWAI KP-308ノーマル仕様、KPの上にKORG POLY-61、YAMAHA CP-70(結局CPは使わなかった)。