2016/05/10

熱海 #5

 熱海Part.5です。

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ドラムのSくんがどうしてもはずせない用事のため、一旦東京に戻ることになった。そしてSくんのトラでカミシマという男がやって来た。

カミシマと名乗るその男は腰まで届きそうな長髪で、前髪はかけているメガネの上できれいに横一直線に揃っているという、まるでフラワー・トラベリン・バンド(注1)のメンバーのようなルックスをしていた。

ぱっと見はとっつきにくそうだが、話してみるととっても気さくな奴だった。ぼくと年も一緒だし、ぼくはすぐにカミシマと仲良くなった。なかなか戻って来ないSくんの代わりにカミシマはしばらく熱海にいた。

ある日静観荘の裏庭の授業員専用の洗濯場のようなところで、カミシマと二人で溜まった洗濯物を回しながらたわいもない事を喋っていると、そこにベースのタイラノがただでさえ悪い目つきを、さらに凶悪化させて近づいて来た。

「どうしたの?タメちゃん、そんなコワい顔して。」「カミシマと話しがあるんだ、わりぃけどはずしてくんないかな。」「でも洗濯の途中だし、オレに聞かれちゃ困る話?」と、ぼくは聞いた。「そんなことねぇけどよ。板倉がいてもまぁいいか。」

「で、話って何?」カミシマが緊張した顔で聞いた。「いや、別にあらたまって話すことでもないんだけどさ、オマエのドラムなんだけど、なんつ〜かさぁ、ノリ(注2)がさぁ、イマイチなんだよねぇ〜。オレのベースと合わないっていうかさぁ。」ちょっと遠慮がちにタイラノこと、タメバラこと、マツバラが言った。

「えっ、オレのノリが悪いっていうの?そんなことないよぉ〜、マツバラさんのベースがモタってないんじゃないのぉ。」「なんだとぉ〜、オマエのノリがベタベタで、キックが(注3)オモくて合わすのに苦労してんだぞ。」「マツバラさんのベースこそダルダルじゃない。オレだって合わすの大変なんだけど。」「ナンだとぉぉ!!」なんか険悪なムードになってきた。

「まあまあ、二人ともそう言わずにさ、カミシマも来てまだ日が浅いし、タメちゃんもそうアツくならずにさぁ。」などと、ぼくはとりあえず二人の中に割って入った。しかしよく考えてみれば、二人が合わないのも当然といえば当然のハナシなのだ。

タイラノはクロスオーバー(注4)大好き人間だし、カミシマはギンギンのハードロック野郎である。ジョン・ボーナム(注5)命と言う奴だ。言ってみればレッド・ツェッペリンにジャコ・パストリアス(注6)が加入したようなものだ。いわば水と油というやつである。「これからさぁ、何回かやればもっとノリも合ってくるよ。頑張ろうじゃん!」とかナントカ言ってその場は取り繕った。

その何日か後にSくんが戻ってきてカミシマはお役ご免となり、この二人の確執はそこで終わったのだが、あのままカミシマが居続けたらちょっとマズイ雰囲気になりそうだったので、丁度タイミング良くSくんが戻って来てくれて内心ホッとした。

屋上の部屋でマンガを読んでいると、カネミツさんがあわてて部屋に入ってきた。
「おまえら今からホールに集合な。今日お座敷の仕事が入ったから、宴会場に楽器を移動するぞ。時間がないから急げ!!」
えっ?お座敷の仕事って何?宴会場って?ぼくは目が点になったまま訳も分からず、みんなについてホールに降りた。

「今から二階の大広間に楽器運ぶから、手分けしてやろう。板倉はとりあえずオルガン運んで。」え〜っ!オルガン重いんだよなぁ。「タメはベーアン(注7)運んで。時間ないから急ごうな。」「二階の大広間って何処っすか?」ぼくが聞くと、「二階まで行きゃ分かるから、あとは仲居さんに聞いて。」なんだかとてもアセってカネミツさんは言った。

10メートル進むごとに床にオルガンを置きながら、やっとこさ従業員用エレベーターの前までたどり着いた。二階に着くやいなや、食事を運ぶ仲居さん達から大ひんしゅくを買いながらもなんとか大広間に着いた。重いオルガンを一人で運んだので腕と腰がガクガクしてきた。

大広間の襖を開けて中に入った。

デ、デカイ、、。

ゆうに二百畳はあるだろうか。いや、三百畳?はっきりとは分からないがとにかく広い。その広間の端に、申し訳程度に段差のついた舞台がある。どうやらそこがステージのようだ。とりあえずはそこにオルガンを置いて一息ついた。

すぐにベーアンを担いだタイラノと、シンバルとスネアを持ったSくんがやって来た。Sくんがアゼンとして広間を見渡している。「ここでやんの?オレやだよ〜。」ほんとに嫌そうに、スネアを一発叩きながらSくんが言った。
「しょ〜がねぇだろ、バンマスのお達しなんだからさぁ。それにおひねり(注8)貰えるかもしれないしさ、大丈夫だって、チョロイチョロイ。」どうやらタイラノは何度かここでやったことがあるらしい。

「酔っぱらいにからまれたりしない?なんかオレもやだなぁ。」ぼくもSくんと同意見だった。
と、そこにカネミツさんがギターアンプを転がしながら入ってきた。「オマエら何そこでのんびりしてんだ、さっさとセッティングしろよ。」「ふぁぁ〜〜い。」気のない返事をして、ぼく達は楽器のセッティングを始めた。

簡単なサウンドチェックを済ませ、裏にある控え室で待ってると、今日の宴会客達がゾロゾロとやって来た。スンゴイ人数の団体である。ざっと見ても軽く100人以上はいそうである。畳にずらっと並べられた膳を見てもその数は明らかだ。仲居さんに聞いたところによると、どうも○協の方々のようだ。今夜の宴会の余興として、芸者さんと生バンドを入れたらしい。

しかし宴会場で演奏するなどというのは、ぼくはモチロン初めてのことなので、なんだかとっても緊張してきた。この後、一体どんなことになるのやら。

間もなく大人数での宴会が始まった。
ここ静観荘は圧倒的に団体のお客さんが多い旅館で、毎日入り口に「歓迎○○御一行様」という看板が何枚も出ている。今日の団体は○協の方々だ。次々と仲居さん達が料理とお酒を運んでくる。

舞台の隙間から覗いていたぼくは、いよいよ演奏するのがイヤになってきた。「オレ出たくないよ〜。」「おれも〜。」Sくんと二人で尻込みしていると、タイラノがまた言った。「おひねりおひねり。相手は酔っぱらいなんだから、適当にやってよぉ、サッサと終わろうゼ!」奴はおひねりだけが目当てらしい。

どうやら今日の宴会は、ぼく達が最初に演奏して、その後芸者さん達の出番という段取りらしい。
宴もたけなわとなってきたところで、いよいよ我々の出番となった。いそいそと舞台に出た途端に割れんばかりの拍手が返って来た。ぼくはいきなり面食らってしまった。一言カネミツさんが挨拶する。

一曲目の「熱海の夜」から演奏は始まった。今日はいつもの選曲とはだいぶ違って、ムード歌謡や演歌中心の演奏をすることになっている。一曲終わるごとに大拍手。みんな酔いも手伝ってかなりごきげんの様子だ。何曲か終わった時に一人のお客さんが舞台にやって来た。

「あの〜ぉ、おれに唄わせてくれないかなぁ?」「いいですよ。何の曲唄いますか?」カネミツさんが慣れた様子で言った。「夜霧よ今夜も有り難う出来る?」「はい、出来ます。」あわてて赤本の○○番を探す。Sくんのカウントで曲が始まった。

調子っぱずれの 「夜霧よ今夜も有り難う」が終わってホッとしたのもつかの間、その後も続々とお客さんが舞台に上がり、生カラオケバンドと化したぼく達はリクエストされた曲を黙々と演奏していった。

何人目かのお客さんが朗々と歌い上げた後、オルガンの上に何かを置いていった。ちらっと横目で見たぼくはそれが何なのかをすぐ悟った。
初めて貰ったおひねりであった。

舞台が終わった後で、そのおひねりをカネミツさんに渡すと「いいからオマエが取っとけ。」といってぼくにそのおひねりをくれた。後で中身を確認したら、一万円札が入っていてすごくビックリした。

その後も舞台には次々とおひねりが飛んできた。もっともほとんどは硬貨数枚が紙に包まれたものだったが。
おひねりが飛んで来る様子がまるで建前(注9)のようだなぁ、と演奏しながらぼくはそんなことを考えていた。

無事に宴会でのステージを終えたぼく達は、いつものスナックでささやかな打ち上げを行った。
高額なおひねりを貰ったぼくは、嬉しくていつもよりちょっぴり高いものを頼んだ。
何だか少しだけシアワセな夜だった。


(注1)ジョー山中が在籍していた、日本のロックの草分け的存在のバンド。
(注2)いわゆるGrooveのこと。言葉で説明するのはとても難しい。
(注3)バスドラムのこと。足でペダルを踏んで鳴らす。
(注4)ジャズとクラシックの融合とか、主にジャズと他のサウンドとの融合をこう総称した。デオダートとかが有名。クロスオーバーは後にフュージョンと呼ばれるようになってゆく。
(注5)イギリスのハードロックバンド「レッド・ツェッペリン」のドラマー。
(注6)ウェザーリポートに在籍した名ベーシスト。1987年没。
(注7)ベースアンプのこと。堀内孝雄のことではない
(注8)お金を紙か何かで包んで舞台に投げたりするもの。いわゆるご祝儀。   
(注9)上棟式のこと。昔は屋根からお菓子や饅頭、お金等をまいた。

熱海の海岸の防波堤にて。後ろにうっすらと初島が見える。