2016/06/12

バンド編 #1 1976年夏

 熱海での生活が終わり東京に戻ったぼくは、成り行きでとあるバンドに加入することになりました。
今回からはバンド編の始まりです。

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熱海から戻ったぼくは、早速カネミツさんから聞いた電話番号に電話をかけてみることにした。渡された一枚の紙切れには、電話番号とナミキという名前が書かれていた。おそるおそるダイアルを回してみた。
「はい、メロディクラフトです。」「あの板倉と申しますがナミキさんいらっしゃいますか?」「少々お待ち下さい。」落ち着いた声の主は言った。

「もしもし、ナミキですけど。」「カネミツさんから紹介受けた板倉と申しますが。」「あ〜、板倉さん?お話は伺ってますよ。明日とか来れますか?」「えっ?明日ですか?それは急ですね…。」「うちのバンドのキーボードやってくれるんでしょ。来週新潟で仕事入ってるんだけど、スケジュール大丈夫ですか?」
電話の向こうからナミキさんは慇懃無礼(※1)に聞いてきた。

「ちょっと待って下さい。何のことだかさっぱり分からないんですけど。」「あれっ?おかしいなぁ、カネミツ君からいつでもOKって聞いているんだけど。プレイも問題ないからって。」

どうやらカネミツさんとナミキさんとの間で、ぼくは新たなメンバーとしてすでにバンドに入ることが決まっているようだった。なんだかよく分からないまま、とにかくぼくはナミキさんと会うことにした。

 次の日、恵比寿駅からほど近い場所にある事務所に行った。
事務所とは名ばかりの川沿いの木造モルタル2階建てのアパートの一室に入ると、中にロングヘアー(※2)の中年の男がいた。
「板倉と申しますが、ナミキさんいらっしゃいますか?」「初めまして、ぼくがナミキです。まぁとにかく上がって。」
1DKのそのアパートの中は薄暗くて、机と電話が置いているだけのがらんとした部屋だった。

ナミキさん自らがお茶を入れながら聞いてきた。「板倉クン、キーボードやってくれるんだよね。今、ウチのバンドがキーボード探しててさぁ。いやぁ〜、ちょうど良かった。さっそくリハーサルやろう。ねっ!」(いま会ったばかりなのに、もう「クン」づけかよ。)妙に馴れ馴れしいナミキさんの態度に、ちょっとムッとしつつぼくは答えた。「ちょ、ちょっと待って下さいよ。ぼくまだやるなんて言ってないですし、たいたいどんなバンドかも知らないし。」「大丈夫だって。みんないい奴等だから。ストロベリー・ジャム(※3)ってバンドなんだけど、コロムビアレコード(※4)からLPも出してるんだよ。」

「えっ!?デビューしてるバンドなんですか?」「そうだよ、ただねもう解散することが決まってるんだけどね。」「ええっ〜!?解散?」「そう、でもスケジュール切っちゃってる仕事だけはこなさなきゃならないんで困ってたの。来週新潟で公録の仕事あるんだよ。」
「それでぼくがストロベリー・ジャムに入るってことですか?」「そう、悪いね。ストロベリー・ジャムはそれで解散するけど、もう次のバンド決まってるんだよ。だからさぁ、板倉君もジャムの仕事終わったら、そっちのバンドやらない?」
「やらないって言われても、、。とにかくちょっと考えさせて下さい。」
あまりの急展開に気が動転して、冷静に考えることが出来ないままその日は事務所を後にした。

家に帰ってカネミツさんに電話をした。「カネミツさん、ひどいじゃないっすか、なにもかも決まってるなんて。ぼくどうすればいいんすか。」「わりぃわりい、でもさぁ、ナミキさんいい人だし、バンドも決まってるんだからやってみろよ。いやだったら辞めりゃいいんだからさ。」「でも、、、。」「はっきりしねえ奴だなぁ。それだったら他の奴紹介するからもういいよ!」「ま、待って下さいよ〜。やりますよ、とりあえずやってみます。」「最初っからそう言えばいいんだよ、まったく面倒くせえ奴だな。(笑)」
半ば押し切られるような格好で、ぼくはバンドに入ることが決まってしまった。

早速ストロベリー・ジャムとのリハーサルが始まった。厳密にはストロベリー・ジャムからの残党と、新たに結成するバンドの混成メンバーでのリハーサルだった。
赤坂にあるコロムビアレコード内のリハーサルスタジオに行くと、バンドのメンバーが楽器を搬入している所だった。ナミキさんも来ている。

「あのう、板倉ですけど。」「あぁおはよう、紹介は後で。とりあえず楽器の搬入手伝って。」メガネをかけた大柄の男が言った。楽器をスタジオに入れて一息つくと、メガネの男が自己紹介を始めた。「ぼくはマネージャーのトミタ、バンドの連中を紹介するわ。まずはドラムから、リーダーの吉岡、ギターとボーカルの近藤と竹中、ベースは新メンバーの後藤、そしてボーヤ兼運転手のサコタ。よろしく。」「キーボードの板倉です。よろしくお願いします。」「よろしく。じゃぁ、さっそくリハーサルを始めようか。」リーダーの吉岡が言った。

「二日後に新潟でラジオの公録があるのは聞いてるよね?リハーサルは今日しかないからみっちりやりましょう。」「わかりました。」先日買ったばかりのフェンダー・ローズピアノ(※5)の前に座って、ぼくは渡された譜面に目を通した。「公録でやる曲は3曲なので繰り返しになっちゃうけど、何度もやってみましょう。」それから数時間程リハーサルをして、赤坂を後にした頃にはすでに深夜だった。

 次の日の夜8時、ぼく達はコロムビアレコード内の駐車場に集合した。これから楽器を積んだバンに乗って、収録会場である新潟のインディペンデント・ハウスという店まで行くことになっている。まもなくサコタさんが車を運転して現れた。お世辞にもキレイとは言えない車だ。
「じゃぁ、これから新潟に向けて出発します。ちょっと狭いけどガマンして下さい。あ、今日は車中泊になるのでよろしく。」

ぼく達をのせたオンボロのキャラバン(※6)は、夜の赤坂の街を静かに走り出した。

(※1)ここでのニュアンスは、表向きは丁寧だが内心は疑ってるという意味。
(※2)この時代の若者のトレンド。ここでのニュアンスは「おそ松くん」における「イヤミ」の髪型。
(※3)1975年日本コロムビアから「野いちご」でデビュー。
ドラムの吉岡貴志は後にダウンタウン・ブギウギ・バンドに加入、ベースの清 昌弘はアイドル・ワイルド・サウスに加入、ギターの近藤敬三はJ-WALKに加入する。
(※4)日本最古のレコード会社。76年当時は赤坂に社屋があった。
(※5)エレキギターのメーカーとしてあまりにも有名なフェンダー社から発売されていたエレクトリックピアノ。世界中のミュージシャンに愛用された名器である。今でも信奉者は多い。
(※6)日産が製造している商用のワンボックスカー。バンドの楽器車兼移動車として全国を旅した。

ストロベリー・ジャムのLP(1975年10月25日発売)