2016/06/24

浜田省吾 #24 DOWN BY THE MAINSTREET

『DOWN BY THE MAINSTREET』レコーディング話の続きです。

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浜田省吾のアルバム『DOWN BY THE MAINSTREET』のレコーディングは、84年8月からのツアーが始まってもまだ続いていた。
バックバンドは新たなメンバーが加入して、雰囲気がガラッと変わった。
それまでのバンドっぽさは無くなり、セッションミュージシャンの集合体のような雰囲気になった。

ぼく達はツアーのリハーサルと並行しながらレコーディングを行っていた。
レコーディングスタジオのロビーのテレビでは、連日ロサンゼルスオリンピックの模様が映し出されていた。

河口湖でボツとなったテイクは、リアレンジされて信濃町のソニースタジオで新たに録音し直した。
町支さんアレンジの「Money」はギターのカッコいいリフから始まる、重心の低いハードなサウンドに変貌した。

ぼくアレンジの「The Pain」も、ほぼ全面リニューアルされた。
イントロは「F#m add9(エフシャープ・マイナー・アド・ナインス)」と言う、物悲しい響きのするコードから始まるアレンジにした。ぼくはこの一小節目のコードを決めた時点で、遥か彼方にではあったがアレンジの全体像が見えた。
楽曲のアレンジをする際、毎回そうなのだがぼくはイントロが完成すると、八割方アレンジが出来た気分になる。

間奏はクロマティック・ハープ(ハーモニカ)を八木のぶおさんに吹いてもらった。
八木さんは日本で数少ないハープ奏者で、勿論その腕前は超一流。素晴らしいクロマティック・ハープの演奏にぼくは感激していた。
美しいアコースティック・ギターを弾いているのは笛吹利明さん。数々のレコーディングに参加している、日本を代表するアコースティック・ギター奏者の一人である。

曲のタイトルは「The Pain」から最終的に「Pain」に変更になった。

夏から始まったコンサートツアーが始まっても、まだレコーディングは続いていた。
旅から帰って家には帰らずに、そのままレコーディングスタジオへ直行することも珍しくはなかった。ぼくはツアーにポータブルキーボードを持参して、移動の電車やバスの中でもキーボードを出してアレンジを考えた。

『Daddy'sTown』のアレンジはぼく主導でアレンジして、ベースの江澤くんにアシストしてもらった。東北を廻るツアーで山形県酒田から弘前への移動日に、弘前のホテルに籠りきりになって『Daddy'sTown』のスコアを書いた。アイデアに詰まると江澤くんからアドバイスを受けた。
個人的には間奏で転調する部分が気に入っている。

この曲で素晴らしく正確でタイトなドラムを叩いているのは島村英二さん。元ラストショウのメンバーで、吉田拓郎や松任谷由実、井上陽水等々数えきれないほどのレコーディングやライブに参加している名ドラマー。

島村さんのドラムはリズムがクリック(レコーディングの際にテンポが変わらないようにガイドとして鳴らす音。)のタイミングと合いすぎていて、クリックが聴こえなくなるほど正確で、レコーディング中にとても驚いた記憶がある。
イントロのドラムのフィルインのフレーズが恐ろしいほどカッコいい。

『Daddy'sTown』は曲の冒頭にピアノとサックスのインストゥルメンタルが入っているが、あれは浜田さんからのリスエストで、イントロの前に導入部分的なものが欲しいとの要望に応えたもの。レコーディングスタジオであまり考えずにほぼ即興で弾いた。
ピアノのテイクがOKになると、今度は古村くんがやはり即興でサックスを吹いた。

『Dance』と『Silence』は河口湖でレコーディングしたオケのベーシックな部分は採用になって、ダビングものをやり直すことで決着した。

残りの曲はすべて都内のスタジオでレコーディングした。
『EDGE OF THE KNIFE』は江澤くんのアレンジ。
新加入のドラマー野口さんが味わい深いドラムを叩いている。
野口さんは元シュガー・ベイブで、元センチメンタル・シティ・ロマンスのドラマーだった方。ぼくはシュガー・ベイブもセンチメンタル・シティ・ロマンスも大好きで、レコードもよく聴いていたので、野口さんと一緒にやれることはとても光栄なことだった。

『MIRROR』は町支さんアレンジ。
町支さんによる一人多重録音のコーラスが格好良い。

『A THOUSAND NIGHTS』はぼくと江澤くんの共同アレンジ。
この曲も最初のバージョンは一度レコーディングしたのだがボツになった。
ボツになったバージョンはオールディーズっぽいサウンドで、もっとシンプルなビートのアレンジだった。
浜田さんからの要望もあって、リアレンジ後はモータウンビートのリズムに落ち着いた。

『HELLO ROCK&ROLL CITY』は古村くんアレンジ。
ホーンセクションが活躍するご機嫌なR&Bナンバーになった。
ぼくはピアノとハモンドB3オルガンを弾いた。ハモンドB3はいつ弾いてもゴキゲンな音がするが、とにかくバカでかくて凄く重いのと、必ずレスリースピーカーとのセットで鳴らすので、個人で所有するのは保管場所、重さ、価格(超高い)の問題があってとても難しい。
なので、レコーディングの時はレンタルしていた(レンタル代もバカ高い)。

『MAINSTREET』は浜田さんアレンジ。
スタジオで浜田さんと「イントロにこんな音はどう?とか、サビのバックにカウンターメロディを入れよう!」とか言いながらキーボードのダビングを行った。
なんだかワクワクしながら演奏した記憶がある。

レコーディングは河口湖スタジオ、信濃町ソニースタジオ、六本木ソニースタジオ、セディックスタジオで行われた。
この四つのスタジオは残念ながら今はすべて無い。セディックスタジオは六本木の「WAVE」という商業施設のビルの6階か7階にあったスタジオで、レコーディングがあるたびに下の階のレコードショップ「WAVE」でよく輸入盤のLPを買った。
何年か後にWAVEも取り壊しになって、今は跡地に六本木ヒルズが建っている。

『DOWN BY THE MAINSTREET』のジャケット撮影は世田谷で行われた。
バンドメンバーで撮影の日に来れる人は、ジーンズにスニーカーかブーツを履いて集合とのことだったが、残念ながらぼくはスケジュールが合わずに行けなかった。
ジャケットに描かれている足は浜田さんと、もう一人は江澤くんか町支さんのどちらかではないかと思う。

このレコーディングが行われたあたりから、レコーディングがアナログ録音からデジタル録音に変わった。
初めてスタジオで見るソニーのデジタルテープレコーダーPCM-3324は結構大きくて、その存在感も含めて初めて見るデジタルレコーダーにみんな興味津々だった。PCM-3324は24チャンネル録音が可能だった。それまでのアナログレコーダーも24チャンネルでの録音が可能だったが、デジタルレコーダーになってテープの巻き戻しや早送りが飛躍的に早くなった。

当初はPCM-3324のノイズの無いクリアな音質にみんな驚いた。しかしまだこの頃のデジタル録音技術はスタートしたばかりだった。確かに音質は素晴らしくクリアになったが、音の奥行き感や厚み等がアナログ録音に比べるとどこか違って聴こえた。
そのあたりの問題は後継機であるPCM-3348(48チャンネルレコーダ)の登場で徐々に改良されては行くが、デジタル録音された音質の特徴なのではないかと個人的には思う。

現在はデジタル録音技術も飛躍的に向上して、超ハイクオリティなレコーディングが可能になったが、ぼくは今でもアナログ録音された時代の音にも魅力を感じている。

それでもぼくにとって初のデジタルレコーディングは、とてもエキサイティングな出来事だった。

最終ミックスを手がけたのは日本を代表するトップエンジニアの吉田保さん。
大滝詠一や山下達郎の多くの作品のミックスを手がけたことでも有名。

『DOWN BY THE MAINSTREET』は、1984年10月21日に発売されるとチャートの二位を記録した。

まるでハリウッドの良質な青春映画を観ているかのような、ストーリー性溢れるこのアルバムは、ぼくにとっても大切な作品である。
足の人物は右が浜田さん、左はおそらく江澤くんor町支さん?