2016/06/07

熱海#6

熱海最終回です。

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大広間での宴会のステージを終えた次の日、ぼくはカネミツさんに起こされた。「板倉起きろ、今から衣装買いに行くからつきあえ。」「ふぁ〜い。」眠い目をこすりながらカネミツさんとぼくは熱海の町に出かけた。

静観荘から10分程歩いた所にあるレストランでハンバーグのランチを食べたぼく達は、海沿いのコンクリートのブロック塀に上って歩き出した。すると前を歩いていたカネミツさんが聞いてきた。
「おまえさぁ、この仕事も7月のアタマまでだろ。その後どうするつもり?」「どうするつもりって、別に何もないすけど。」「よかったらさぁ、おれの後輩がバンド組んでてキーボード探してるんだけどやってみるか?」「はぁ、でもぼくに出来ますかね?」「大丈夫だろ、まぁ無責任なことなことは言えねぇけどさ、なんとかなるよ。じゃぁ、今度東京に帰った時に会ってみろよ、連絡しとくから。」「わかりました。そうしてみます。」
群青に輝く海を見ながらカネミツさんとそんなことを話していると、間もなく目指す店に着いた。

表に水牛の角と、木で出来た車輪のような飾りが置かれたその店は、一目でジーンズショップと分かる作りで、中に入るとデニムの匂いとお香の匂いが混じった独特の香りが鼻をついた。
カネミツさんはお店の人と知り合いらしく、店長らしき人物とあれやこれや話している。
その間ぼくは棚からGパンを取り出してみたりして、あてども無く店内を物色していた。

程なく店の人が奥からシャツを数枚持ってきた。「ご注文の品はこれでよろしいですか?」どうもカネミツさんはシャツを注文していたらしい。「うん、これでOK。板倉どう思う?」どう思うと聞かれても、もう注文してあるものに文句が言えるはずもない。「なかなかいいんじゃないすかぁ。」カーキ色のそのシャツは、胸元に切り返しの入ったウエスタンシャツと呼ばれるものだった。
そのウエスタンシャツは、今ステージで着ている赤いシャツよりはずっとマシだったので、ぼくはちょっと胸をなでおろした。

シャツを数枚買って店を出た僕達は、そのまま静観荘には戻らずに逆の方向に歩いて行った。小さな漁港を過ぎてホテルニューアカオの横を通り、更に歩いて行くとトンネルがあった。ちょっと気味の悪いトンネルを抜けて、山道のようなところをガシガシと上って行くと、やがて錦ヶ浦(注1)という景勝地に出た。

かなり歩いて疲れていたぼくにカネミツさんが言った。「そこの茶屋で休憩しよう。おごってやるよ。」茶屋に入った僕達はおしるこを頼んだ。口直しに付いて来た塩昆布を舐めながら、長髪に髭面でおしるこをすするカネミツさんの姿が何だか可笑しくて、ぼくは一人ニヤニヤしていたら「おまえ何ニヤけてるんだ、気持ちわり〜ぞ!」と怒られてしまった。「なんでもないです、すみません。」

その後もカネミツさんには、仕事が休みの日には船に乗って初島(注2)に連れて行って貰ったり、伊東(注3)のほうまで遊びに行ったりと、何かとお世話になった。
そしてやがて7月になり、ぼくが熱海を去る日が来た。お世話になった旅館の人や、ダイナブラザーズのメンバー、寸劇の役者さん達に一通り挨拶をすませて、見送りに来てくれたバンドのメンバー達と熱海の駅まで歩いて行った。

「オレはこれからもここでやってるから、気が向いたらいつでも遊びに来いや。」カネミツさんは日焼けした顔をクシャクシャにしながら言った。
「寂しくなるけど、東京に帰ったらまたセッションしようぜ。」ぶっきらぼうにベースのタイラノが言った。
「ぼくもあと一週間ぐらいで帰るから。電話するわ。」ウインク(注4)をしながらSくんが言った。

「みなさん、お世話になりました。とても楽しかったです。いろいろと勉強になりました。ありがとうございました!」
駅の改札をくぐって東海道線のホームに着くと、遠くで雷の音が聞こえた。
もう夏がすぐそこまで来ていた。

この後バンド編に続く。

(注1)断崖絶壁の景勝地。
(注2)静岡県熱海市に属する島。伊豆半島東方沖の相模灘に浮かび、静岡県の最東端でもある。
(注3)伊豆にある温泉地。イトウに行くならハ○ヤ♪のCMはあまりに も有名。
(注4)Sくんが後に結成したパンクバンドの名前でもある。

初島に行く船上にて。1976年。