2016/07/04

バンド編 #2 1976年夏、ビアガーデン。

バンド編 #2です。

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 夜の国道をひたすら走り、明け方に新潟に着いたぼく達は、まだ誰もいない本日の会場である「インデペンデント・ハウス」という名のディスコの裏口にクルマを止めて車中で仮眠をとった。

10時になってラジオ局のスタッフが会場入りしてきた。ぼく達も眠い目をこすりながら楽器の搬入にかかった。マネージャーのトミタさんに聞いてみた。「今日はラジオの公録ですよね、生なんですか?」「ああ、そうだよ、間違えたらそのまま放送されちゃうから頑張ってね。」トミタさんは普段はとても物静かなのだが、時にシニカルな一面を見せる。今日のラジオは新潟放送の番組で、ぼく達ストロベリー・ジャムが今週のゲストということらしかった。

楽器のセッティングを終え、リハーサルに入る。するとぼくの足元に何やらデカイ黒いスピーカーらしきものが置かれた。「あの〜、これひょっとしてモニタースピーカー(注1)ですか?」恐る恐るそばにいたスタッフの方に聞くと「そうですけど・・」と怪訝そうな顔をされた。今まではモニターというのはボーカリストが聞くもので、楽器を弾く者の足元に置かれるような環境のもとで演奏をしたことがなかったので、これにはちょっと驚いてしまった。

モニターから聞こえてくるあまりの音のリアルさにとまどいながら、アッという間にリハーサルは終わってしまった。本番までかなり時間が空いたので、みんなで昼メシを食べにいくことにした。

やがて本番が始まり、ぼく達の出番になった。司会の方がぼく達を紹介する。「本日のゲスト、人気急上昇中のストロベリー・ジャムの演奏です!」人気急上昇中って今日で解散するのに、などと心の中でツッコミつつもとにかく演奏を始めた。何が何だか分からないうちに、あっという間に本番は終わってしまった。

「どうでしたか、演奏のほうは?」早速トミタさんに聞いてみる。「歌は良かったけど、演奏はイマイチだったな。」シニカル・トミタは無表情に言い放った。「同録(注2)のテープ貰ったから、帰りの車の中で聞けや。」シニカルはさらに無表情になって言った。
すぐさま楽器をキャラバンに積み込み、ぼく達は東京に引き返した。こうしてストロベリー・ジャムでの最初で最後の仕事は幕を閉じた。

東京に帰ったぼくはすぐに、事務所から新しいバンドのメンバーを紹介された。ドラムはジャムのリーダーでもあった吉岡、ベースもジャムの後藤、ギターが日大の学生でもある佐藤、ボーカルがその先輩の宮沢、そしてぼくの5人編成のバンドということだった。

社長のナミキさんが熱く語った。「新しいバンドはイーグルス(注3)のようにコーラスが出来て、みんながボーカルをとれるようなウエストコースト風のロックバンドにしたいんだ。で、バンドの名前なんだけど、どうだろうコーストっていうのは。」
コースト??何かカッコ悪い名前だなぁと思ったが、ナミキさんの熱さにみんな圧倒されていたので、なし崩し的にその名前に決まってしまった。

「実はコロムビアレコードでおまえらの面倒みてもらおうと思ってるんだよ。で、会社の練習スタジオを使わせてもらえることになったから、次の練習からコロムビア集合な。それとあまり時間がないんだけど、銀座のビアガーデン(注4)の仕事入れたから、ちょっとキツイけどやってくれよ。」全員の目が点になった。

「エ〜!?ビアガーデン〜!?いやだなぁ〜。」ほんとに嫌そうに吉岡が言った。「つべこべ言わずにやれよ。おまえらまだレパートリーもないんだからよ、そこで演奏しながらレパートリー増やしていけばいいだろ。それで金もらえるんだからいい仕事じゃねぇかよ。」「でも、オレ達に出来るかなぁ?」ボーカルの宮沢が不安そうに言った。

「大丈夫だよ、対バン(注5)仕込んどいたから。そいつらはレパートリー豊富だから。ただそいつらバンドじゃないのよ。で、悪いんだけどそいつらのバックもやってくんねぇかな〜?」
「エエ〜〜!?何だって〜〜!」全員で叫んだ。が、ナミキさんはすべての仕込みを完了していて、とにかくもうスケジュールは動かせないという状況になっているらしかった。

カネミツさんといいナミキさんといい、まったく抜け目のない連中である。「三日後から銀座に行ってもらうから、それまで猛練習な。」

ぼく達のマジカルな夏が始まろうとしていた。

コロムビアのスタジオで付け焼き刃の練習をしたぼく達“コースト”は、昼の1時に日劇(注6)の前で待ち合わせをした。日劇からビアガーデンのある東芝ビルまでは歩いて5分とかからない。

やがてボーカルの宮沢がやってきた。「おはよう!(注7)板倉早いね。他の連中は?」「まだ来てないみたい。それより宮沢さん、今日は暑いですね〜、楽器とか大丈夫ですかね?」宮沢さんはぼくより3つ年上の、一応まだ大学に籍を置く学生なのだが、その恰幅の良さも手伝って、とても学生には見えない風体で言った。
「どうかなぁ〜。この暑さじゃアンプとかヤバイかもな。」たわいもないを話しているとメンバーが続々とやって来た。

ものの数分で東芝ビルに着いた。エレベーターで屋上に上がる。するとかなり広い屋上にふたつのステージがある。どうやらここのビルにはビアガーデンが二軒入っていて、その二軒とも生バンドを入れているらしかった。

僕らの職場である「四季」は、エレベーターから向かって左のビアガーデンだった。お客さんが座るアルミのパイプ椅子に腰掛けてぼ〜っとしていると、マネージャーらしき人物が近づいてきた。「君達バンドさん?搬入のエレベーターのところに楽器置かれると困るんだよ、早く片づけてくれないかなぁ?」どうやら一足先に着いたローディーのサコタさんが、楽器を運んでくれていたらしかった。

サコタさんは宮沢さんの知り合いで、元建設現場で働いていた力持ちである。ぼくよりも年上で、気安く“ボーヤ”(注8)などと呼べるような関係ではなかった。搬入口からステージに楽器を運んで、手早くセッティングを済ます。ぼくもフェンダー・ローズピアノをエルク(注9)の100Wのアンプに通すと、指慣らしにEL&P(注10)の曲などを弾いてみた。

「みんな、準備はいい?そろそろサウンドチェックしてみようか。」リーダーでドラムの吉岡が言った。「ドゥービー(注11)のチャイナ・グローブやってみよう!」佐藤のギターが軽快なカッティングを刻み出す。サウンドチェックの3曲目に差し掛かったとき、エレベーターからやけに可愛い女の子達が降りてくるのが見えた。

ぼくとそう年も違わないと思われる3人の女の子達は、こちらに向かって来る。やがてステージのすぐ前の椅子に腰掛けると、ぼく達の演奏をじ〜っと見てる。やがて曲が終わるとパラパラと拍手が聞こえた。そして彼女達はステージに上がってきた。近くでみるとスゴく可愛い。

「あの〜、コーストのみなさんですか?」真ん中の子が聞いた。「は、はい!そうです。」宮沢がオクターブ高くなった声をさらに裏返させながら答えた。「私達、みなさんにお世話になる“チャッピーズ”って言います。どうぞよろしく。」「こちらこそよろしく。もうすぐサウンドチェックが終わりますから、それからみなさんのリハーサルをしましょう。譜面はありますか?」吉岡がリーダー面してクールに振る舞っているのが可笑しくて、ぼくは後ろで笑いをこらえるのが大変だった。

彼女達“チャッピーズ”は某音楽学院の出身で、所謂アイドルグループだった。キャンディーズ(注12)のような歌って踊れるグループを目指していた。
チャッピーズのレパートリーは外国のカバー曲が中心で、その中にオリジナル曲が数曲というものだった。
3人の名前も知らないまま、ぼく達は譜面と格闘しながらもなんとか全曲のリハーサルを終えた。
こんなところにも熱海で修行した成果が表れていた。

いきなり反対側からものすごい音量で英語の歌が聞こえてきた。どうやら隣のビアガーデンの生バンドがリハーサルを始めたらしかった。
すると途端にぼく達バンド全員の目の色が変わった。ぼく達はリハーサルを終えたばかりにも関わらず再び楽器を手にし、負けじとアンプのボリュームを上げる。妙なライバル意識が芽生えてついムキになる。

すると向こうのバンドもボリュームを上げたのが分かる。お互いボリュームを上げるものだから、二つのバンドの違う演奏が入り交じって何とも気持ちが悪い。こんちくしょう〜!、と思い更にボリュームを上げようとした時、ビアガーデンのマネージャーらしき人に怒られた。

「お前達いいがげんにしろよ!これ以上デカイ音出すと警察が来るぞ。」「すみませ〜〜ん!」アンプのボリュームを絞ってぼく達は楽器を置いた。しかしこれから毎日こんな環境の元で演奏するのかと思ったら気が重たくなってきた。

リハーサルが終わると間もなくビアガーデンがオープンする時間だった。
従業員の人達と同じ更衣室に荷物を置いてから、隅っこのテーブルに腰掛けて、ボーイさん達が慌ただしく支度をするのをぼ〜っと見ていた。

夕方になってようやく少しだけ涼しくなってきた風を体に感じながら、ぼくは銀座の空を見上げていた。

 (注1)ステージ上でボーカルや各々の楽器の音を聞く装置。微妙なバランスが要求される。

(注2)ラジオ番組などをリアルタイムでその場で録音したテープのことなどを指す。

(注3)70年代を代表するアメリカのビッググループ。名曲「ホテル・カリフォルニア」はあまりにも有名。 
 
(注4)東芝ビルの屋上にあった「四季」というビアガーデンがぼく達の職場だった。

(注5)ライブの時に一緒に出演する他のバンドのこと。タイマンではない。

(注6)有楽町マリオンのところにあった由緒ある劇場。小学生の頃ぼくはここでウエスタンカーニバルを見て、激しくコーフンした思い出がある。

(注7)芸能界特有の挨拶。夜でも何故か「おはようございます」と挨拶する。不思議である。

(注8)今で言うローディの別称。現在は立派な職業として確立されている。

(注 9)日本製のアンプで、ぼくが所有していたのはアメリカはフェンダー社の名器「ツイン・リバーブ」のコピーモデルだった。フェンダーのアンプが買えなかっ たぼくは、キーボード用としてこのアンプを使用していたが、ビアガーデンでの酷使に耐えられず後にアンプから火を吹くはめに。

(注10)イギリス のプログレッシブ・ロックバンドである「エマーソン、レイク&パーマー」の略。

(注11)アメリカのロックバンド「ドゥービー・ブラザーズ」のこと。有名なのは元スティーリー・ダンのキーボード奏者である、マイケル・マクドナルドが加入してからの中期の頃だが、ぼくが好きなのは躍動感と豪快なサウンドで聞かせてくれた初期の頃。

(注12)当時の男子大学生達に絶大なる人気があった3人組。ちなみにぼくは三人の中では「ミキちゃん」が好きだった。

銀座東芝ビル(2007年頃。Wikipediaより。)この屋上にビアガーデンがあった。
手前の「GINZA5」は、当時は数寄屋橋ショッピングセンターだった。