2016/07/01

浜田省吾 #26 『CLUB SNOWBOUND』

1985年11月15日、浜田省吾のクリスマスミニアルバム『CLUB SNOWBOUND』が発売になりました。
今回はそのレコーディング話と、ツアーの話も少しだけ。

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「次のアルバムはクリスマスをテーマにしたミニアルバムを、オレと町支と板倉の三人で作ろうと思っているんだ。アレンジは全曲板倉でコーラスアレンジは町支。」
1985年の夏が始まろうとしていた頃、浜田さんからそう告げられた。

85年のツアーは7月15日の沖縄県那覇市民会館でひとまず一段落し、9月17日の旭川市民文化会館から始まる北海道ツアーまで約二ヶ月間のインターバルがあった。

84年のツアーからバンドメンバーが代わり、On The Road 84'と題された80数本のツアーが85年2月8日、9日の京都会館2daysで終了した。

新たに加入したメンバーはそれぞれが確かな技術を持っていて、人間的にもミュージシャンとしても特に問題があったわけでは無かったのだが、バンドとしてはどこか歯車が噛み合っていなかった。
そこでサウンド面を統括する人間が必要だということで、85年のツアーからぼくがバンドのサウンド面でのリーダーシップを担うことになった。

バンド内の雰囲気は最悪というわけでもなかったが、最高というわけでもなかった。
それぞれの音楽的趣向もバラバラで、あくまでも浜田省吾という名のもとに集まったプロフェッショナルの集団だった。

ぼくなりにバンドのサウンドをまとめようと、色々と試してはみたものの空回りすることのほうが多く、段々とプレッシャーとストレスを抱えるようになっていった。そんな状態でのツアーは正直しんどかった。
そのせいかどうか定かではないが、ぼくは84〜85年のツアーの記憶が殆ど無い。思い出そうとしてもあまり思い出せない。
勿論コンサートは毎回ベストを尽くしたし、それなりに楽しい事もたくさんあったはずなのだが。

沖縄から戻ると東京もうだるような暑さだった。
次の日、渋谷のNHKホールでアフリカ難民救済のチャリティコンサート「アフリカ・セッション」が開催された。
浜田さんは勿論のこと、ぼく達バンドも出演することに何ら異存は無かった。
ぼくはそれまでチャリティイベントへの出演者は、名目上はノーギャラと謳われてても、裏で某かのギャラをもらっているのだと思っていた。
しかし今回のチャリティイベントへの出演は、アーティストもバンドメンバーも本当に全くノーギャラだった。でもそのことに異論や不満を唱えるものは誰一人としていなかった。

「アフリカ・セッション」を終えると、ぼくは浜田さんから一本のカセットテープを受け取った。クリスマスアルバムに収録予定の曲のデモが入っているカセットだった。
冒頭に触れたようにアレンジはアカペラの曲を除き、全曲ぼくが任されることになった。
ぼくは浜田さんの期待を裏切らないよう、良いアレンジにすることを肝に命じた。

真夏の暑い最中、ぼくは大量の汗を拭いながら、半分ヤケクソ気味で無理矢理クリスマス気分になり、仕舞いには寒いぐらいにガンガンに冷房を効かせて冬の気分に浸りながらアレンジをした。

85年9月10日、昼間のリハーサルを終えたぼく達は、夜の7時に市ヶ谷の一口坂スタジオに集合した。クリスマスミニアルバム「CLUB SNOWBOUND」のリズム録りだった。
スケジュールの都合上、この日一日で収録曲のすべてのリズムを録り終えなくてはならなかった。
「CLUB SNOWBOUND」のレコーディングは夜の9時頃から始まった。
この日のレコーディングメンバーは以下の通り。

ドラムス:滝本 季延
ベース:江澤 宏明
ギター:町支 寛二
ピアノ:板倉 雅一

「LONELY-愛という約束事/もうひとつの土曜日」のレコーディングの時と同じメンバーが集結した。

一曲目にレコーディングしたのは「思い出のX'mas Night」という仮タイトルが付いた曲。後に「Snow On The Roof」というタイトルになる曲だった。ミディアムテンポの軽快な曲で、この曲は町支さんがリードボーカルをとる予定になっていた。

二曲目は「X'mas Baby」という仮タイトルの曲。後に「Snowbound Party」と題される曲だった。

三曲目は「センチメンタル・クリスマス」。アルバム「愛の世代の前に」にも収録されていた曲のリメイクだった。

最後にレコーディングした曲は仮タイトル「ひとりぼっちのクリスマス・イブ」と題された曲。後の「Midnight Flight」である。

四曲のリズムを録り終えた頃にはもう朝になっていた。
スタジオの外に出るとすっかり明るくなっていて、急ぎ足で会社に出勤する人々とすれ違いながらぼくは家路に着いた。

後日、諸々の楽器のダビング作業が行われた。
9月14日は「ひとりぼっちのクリスマス・イブ」のシンセサイザーのダビング。
シンセサイザーのオペレーターは迫田 到さん。気鋭のシンセオペレーターだ。
スタジオのコントロールルームには所狭しとシンセサイザーが並べられていた。
その数ざっと見渡しても十台以上。音源モジュールやエフェクターが収納されたラックも含めると一体何台あるのかよく分からない。

ぼくと浜田さんが「キラキラした音!とか、ちょっとこもった音!」とか迫田さんにリクエストを出すと、迫田さんが即座に音色を作ってくれる。
ぼくは迫田さんが作ってくれた音を演奏するだけ。時には「うーん、ちょっとイメージとちがうんだけど。もっと他の音ないすかぁ?」とかエラそーなことを言っているだけ。
何とも王様気分のレコーディングである。

「ひとりぼっちのクリスマス・イブ」はフィル・スペクター・サウンドを模倣したもので、アメリカの有名なプロデューサーであるフィル・スペクターが作り出す壁のような音、「ウォール・オブ・サウンド」を総称してスペクター・サウンドと言っていた。
フィル・スペクターが作るサウンドは一度に多くの楽器を同時に録音して、それに深いリバーブをかけるのが特徴で、時にはピアノを何台も同時に鳴らしたり、ベースが二人いたりすることもあるらしい。

「ひとりぼっちのクリスマス・イブ」でもスペクターと同じ手法を用いて、アコースティック・ギターを何本も重ねて録音したり、町支さんに「ウー」とか「アー」とかロングトーンで実際に歌ってもらった声を、当時の最先端サンプリングマシンだった「イミュレータ−2」にサンプリングして、ぼくが鍵盤でイミュレータ−2を弾くと、町支さんの声が再生されるという手法を用いてコーラスパートを録音したりもした。

とにかくシンセサイザーだけでもの凄く多くのチャンネルを使った。
24チャンネルレコーダーだけではチャンネルが足りなくなって、もう一台24チャンネルレコーダーを用意して二台をリンクして(スレーヴするという)合計48チャンネルでの録音となった。

フィル・スペクターと言えばロネッツをプロデュースしたことで有名だが、ぼくがリアルタイムで聴いていたのはビートルズのアルバム「Let It Be」や、ジョージ・ハリスンの「オール・シングス・マスト・パス」、ジョン・レノンの「イマジン」等、ビートルス関連の作品が多かった。

「ひとりぼっちのクリスマス・イブ」はエンジニアの助川さんの素晴らしいミックスのおかげもあって、見事なウォール・オブ・サウンドになった。
この曲のアレンジは自分でもとても気に入っている。

「センチメンタル・クリスマス」はぼくと浜田さんの共同アレンジ名義。リメイクということで、結構アレンジに苦戦した。
浜田さんが考えたイントロのフレーズを生かすことと、ちょっとロマンティックなサウンドにする方向でいろいろと試行錯誤した。
アレンジ的には間奏で転調する箇所が気に入っている。法田さんのラリー・カールトンばりのギターもカッコいい。

そういえば法田さんのギター・ソロの最後の部分の着地の音階をめぐって、法田さんとエンジニアとの間で一悶着あった。
法田さんはスケールから外れていない音だと主張し、エンジニアの助川さんはスケールから外れた音、すなわちミストーンに聴こえると主張した。
両者の言い分は平行線のまま、結局ミックスの段階でそこの部分の音は少し小さくなった。
シンセサイザーは福田裕彦さん、フクちゃんに弾いてもらった。

「Snow On The Roof」は何と言っても町支さんがリードボーカルで、浜田さんがコーラスを担当したということが最大のポイントだった。
でもアルバムを通して聴くと、一瞬浜田さんが歌っているかのように聴こえるところが面白い。

「X'mas Baby」はとにかくいろんな音を詰め込んだ。
浜田さんとの合い言葉は「音の玉手箱」。
シャッフルという跳ねたリズムの曲のため、演奏するのは少し難しかった。
三連譜が連続で続くところなど、演奏していて思わず手がつりそうになった。

町支さんの一人アカペラが美しい「Champagne Night」は、町支さんがコーラスのパートをツアー先で考えていて、ある日の移動のバスの中で、書いた譜面の音の確認をしたいからぼくにポータブルキーボードで、譜面の音を弾いて欲しいと言って来た。
ぼくは町支さんが書いた譜面をバスの中で読みながらキーボードを弾いたのだが、ものの五分もしないうちに気持ち悪くなってしまった。
「町支くんゴメン、酔ったみたい。」揺れるバスの中でオタマジャクシがいっぱいの譜面を読むことは止めた方がいい(笑)

アルバムが完成すると、ぼく達三人は音楽雑誌でのインタビューやラジオへの出演等、積極的にプロモーション活動にも参加した。

真夏の最中から秋にかけてレコーディングしたクリスマスミニアルバム『CLUB SNOWBOUND』は、発売されるとチャートの4位を記録した。

アナログ盤のジャケット。