2018/01/04

浜田省吾 #36 イメージの詩

今回は1997年にリリースされた浜田省吾さんのCDシングル「イメージの詩」のことを。

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浜田省吾「イメージの詩」1996年10月30日(水)Recorded at Sony Shinanomachi Studio。

浜田さんが吉田拓郎さんの50歳の誕生日を祝して、拓郎さんのデビュー曲である「イメージの詩」をカバーして、ロサンゼルスのトップミュージシャン達を起用してレコーディングするという企画が密かに進行していた。ぼくはもうすぐ40歳になろうかという頃だった。

吉田拓郎さんが1996年に行なった“Tour'96感度良好ナイト”というコンサートツアーのバックアップバンドにLAの凄腕ミュージシャン達が招集された。
メンバーは、ドラムス:ラス・カンケル、ベース:リー・スクラー、ギター:ワディ・ワクテル、キーボード:クレイグ・ダーギー。

この四人は拓郎さんが95年にバハマでレコーディングした「ロングタイム・ノー・シー」というアルバムに参加したことがきっかけで、拓郎さんの96年の全国ツアーにも参加することになった。
そして拓郎さんのツアーのためLAからのミュージシャンが来日しているタイミングで、浜田さんサイドからLA組に「イメージの詩」へのレコーディング参加のオファーを打診したところOKの返事が貰えたため、浜田省吾さんがカバーする吉田拓郎さんの「イメージの詩」のレコーディングが実現することとなった。

そんなある日、ぼくのところへ一本の電話がかかって来た。浜田省吾さんからだった。
「やぁ、板さん元気?浜田です。今日は板さんがすごく喜んでくれる話があって電話したんだ。」「お久しぶりです。突然の電話でびっくりしました。ぼくが喜ぶ話って一体何ですか?」ちょっとドキドキしながらぼくは答えた。
「今度、吉田拓郎さんの50歳のバースデーを祝って、拓郎さんの「イメージの詩」をレコーディングしようと思ってるんだ。バンドはザ・セクションのメンバー達とやりたいと思って、オファーをしたらOKの返事が来たんで一緒にやれることになったんだ。ザ・セクションのメンバーはみんな板さんの憧れのミュージシャン達だよね?そんな訳で板さんを誘ったら喜ぶと思って連絡したんだ。どう?一緒にやってくれる?」

ぼくは一瞬浜田さんが何を言っているのかよく分からなくなっていた。ぼくの大好きなザ・セクションを中心としたLAのミュージシャン達と、これまた大好きな拓郎さんの曲を、しかも当の拓郎さんまでもが参加してのレコーディングが実現するなんて、俄には信じられない話だった。

それから何日かして正式に浜田さんのマネジメントオフィスから、ぼくの所属するオフィスにオファーが届いた。
日程は1996年の10月30日、場所は信濃町のソニースタジオ。レコーディングする曲は吉田拓郎さんのデビュー曲にして名曲の「イメージの詩」。
ぼくは最初に浜田さんから「板さん、アコースティックピアノを弾く?」と聞かれたのだが、ぼくが一番尊敬しているキーボーディストであるクレイグ・ダーギーの前で、ピアノを弾く度胸はとてもじゃないが無かったので「ハモンド・オルガンを弾かせて貰います」と答えた。

レコーディングが決まってからというもの、ぼくは何日も落ち着かない日々を過ごした。
ぼくにとって憧れのメンバーとのレコーディングの話は、いつかそんな機会があったら素晴らしいとは思っていたが、まさか本当に実現することになるとは夢にも思っていなかった。

そしていよいよレコーディングの日がやってきた。
ぼくは緊張しつつも平静を装い、少し早めにスタジオ入りした。まだメンバーは誰も来ていなかった。
少しして浜田さんがスタジオに現れた。ぼくは浜田さんとの久しぶりの再会を喜んだ。
スタジオのロビーで浜田さんと談笑していると、続々とLA組のメンバー達がスタジオ入りして来た。
ぼくがあんなにも憧れたLAのミュージシャン達が確かにそこにいた。間近で見るとみんな凄く大きい。ぼくは夢を見ているのではないかと思い、ほっぺたをつねってみた(本当)。当然ながら夢ではなかった。

全員がスタジオ入りしたところで、コーディネーターの方がメンバーを紹介してくれた。
ぼくは一人一人と握手を交わしながら、拙い英語で挨拶をした。ドラムのラス・カンケルが「は〜い、イタサン!」と日本語でウインクを返してくれた。LA組の連中はみんなフレンドリーだったが、一人だけ違う雰囲気の方がいた。吉田拓郎さんだった。

中学生の頃、初めて拓郎さんの曲に魅せられて、それから高校を卒業するぐらいまでの間、それこそ熱に浮かされたように拓郎さんの曲を聴きまくっていた時期があった。
ぼくはそんな雲の上の人を目の前にして緊張しないわけが無かった。

拓郎さんのマネージャーの方が拓郎さんにぼくを紹介してくれた。ぼくは失礼の無いように丁寧に挨拶をした。しかし具合でも悪いのか、拓郎さんはあまり喋らなかった。
後から聞いたところによると、元々拓郎さんは人見知りの上にこの日は体調が今ひとつだったとのことであった。

レコーディングが始まる前まで、各々が自分の楽器の音をチェックしながら適当な音を出していた。
ぼくはみんなの使っている楽器やアンプが気になって、それとなく見て回った。

ラス・カンケルはヤマハのドラムセットを使っていた。ジャクソン・ブラウンのツアーの際はSonor製のドラムだったと思ったが、今回はヤマハ製のドラムだった。

リー・スクラーのベースはカスタムメイドのもので、ネックのヘッドの部分にはフェンダーやギブソンのブランドロゴではなく、「Leland Sklar」と刻印されていた。

ワディ・ワクテルのギターはギブソンのレスポールモデルだった。
アンプはフェンダーのデラックス・リバーブを使用していた。そしてアンプの裏には「レオ・ミュージック」の刻印が。レオ・ミュージックとは東京の楽器レンタルの会社で、今回のレコーディングの楽器関連はレオ・ミュージックからレンタルしたものと思われた。

クレイグ・ダーギーの弾くグランドピアノはスタジオに常設のもの、ぼくの弾くハモンドB3オルガンとオルガンを鳴らすためのレスリー・スピーカーもレオ・ミュージックのものだった。

ぼくと浜田さんはピアノのクレイグ・ダーギーのところに行って、ぼくがどれだけクレイグ・ダーギーに憧れていたかということを、浜田さんが流暢な英語でクレイグに説明してくれた。
クレイグは謙遜しながら「これからはぼくのような年取ったものの時代じゃなくて、君のような若者の時代だよ。」と言った。ぼくも決して若くは無かったのだが、クレイグにはぼくがよっぽど若く見えたらしい(笑)。

ぼくは思い切ってクレイグにリクエストをしてみた。「あの良かったら何かジャクソン・ブラウンの曲を弾いてもらえませんか?」するとクレイグはすぐに次々と自分がレコーディングに参加したジャクソンの曲を弾いてくれた。「プリテンダー」「ホールド・オン・ホールドアウト」「孤独なランナー」等々。
ぼくは「ホールド・オン・ホールドアウト」でのクレイグのピアノがとても好きだったので、目の前で繰り広げられるクレイグのピアノ演奏を目をこらして見ていた。
それにしても身体もでかいが手もでかい。ぼくがやっとのことで押さえるピアノのオクターブ間の鍵盤を、クレイグはいとも簡単に押さえていた。

やがてクレイグがジャクソン・ブラウンの「「孤独なランナー」を弾き始めると、すぐに他のメンバーも反応した。クレイグのピアノに合わせてドラムのラス・カンケルとベースのリー・スクラーも「孤独なランナー」を演奏しだした。

ジャクソン・ブラウンが1977年に発表したライブアルバム「孤独なランナー」は、ピアノがクレイグ・ダーギー、ドラムがラス・カンケル、ベースがリー・スクラーで、ギターはダニー・クーチとデビッド・リンドレーだった。
今、スタジオで演奏されている音は正にその当の本人達による演奏だった。
ぼくもハモンド・オルガンのところに行ってその演奏に参加した。みんな軽いタッチで演奏しているのだが、レコードが擦り切れるぐらい聴いた「あの音」が目の前で、そして装着しているヘッドホンから聴こえて来ている。ぼくは感動で鳥肌が立った。
短い間ではあったが、そんな本物達と「孤独なランナー」を一緒に演奏出来たことは、ぼくにとって至上の喜びだった。

クレイグ・ダーギー以外のメンバーの印象は、ドラムのラス・カンケルは陽気なアメリカン、ギターのワディ・ワクテルはその風貌に似つかわしくない物静かな紳士、ベースのリーランド・スクラーはちょっと神経質そうな感じではあるが、大学の教授のような雰囲気で、LA組の音楽的なリーダーシップをとっていたのはリー・スクラーだった。

各楽器のサウンドチェンクが終わると、アレンジャーの星勝さんの号令でいよいよリズム録りが始まった。今回のアレンジは星勝さんだった。
ぼくも星さんの書いた譜面をハモンドオルガンの前の譜面台に置いた。しかし譜面が長すぎて一台の譜面台では置ききれないため、もう一台譜面台を用意してもらった。

改めて今回のレコーディングメンバーを。
ボーカル&ハーモニカ:浜田省吾
ドラムス:ラス・カンケル
ベース:リー・スクラー
ギター:ワディ・ワクテル
ピアノ:クレイグ・ダーギー
ハモンド・オルガン:板倉雅一
アコースティック・ギター:吉田拓郎

ラス・カンケルがレコーディングに参加したアーティストは、ジェイムス・テイラー、ジャクソン・ブラウン、キャロル・キング、ジョニ・ミッチェル、ボブ・ディラン、カーリー・サイモン、、リンダ・ロンシュタット等々。

リー・スクラーがレコーディングに参加したアーティストは、ジェイムス・テイラー、ジャクソン・ブラウン、キャロル・キング、デヴィッド・フォスター、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング、ドン・ヘンリー 等々。

ワディ・ワクテルがレコーディングに参加したアーティストは、ウォーレン・ジヴォン、リンダ・ロンシュタット、スティーヴィー・ニックス、ロッド・スチュワート、ローリング・ストーンズ、リンゴ・スター等々。

クレイグ・ダーギーがレコーディングに参加したアーティストは、ジェイムス・テイラー、ジャクソン・ブラウン、CS&N、、リンダ・ロンシュタット、ネッド・ドヒニー、ドノバン、ベット・ミドラー等々。
それぞれがそれこそ星の数程のレコーディングやライブを経験している、正にアメリカを代表するトップミュージシャン達だった。

とりあえず一回演奏してみようということで、1テイク目の録音が始まった。
ラス・カンケルのカウントでワディ・ワクテルのギターから始まるイントロ部分が演奏されると、ぼくはそのサウンドの迫力に度肝を抜かれた。ヘッドホンを通して聴こえてくる演奏の音圧感が凄いのだ。特にラス・カンケルのドラムはヘッドホンを装着していても生音が聴こえてくるほど音が大きかった。そしてラス・カンケルの叩くスネアのタイミングとクリック音(レコーディングの時にヘッドホンから聴こえてくるガイド音。曲のテンポが一定になるようにミュージシャンはクリックに合わせて演奏する)のタイミングが合いすぎていて、全くクリック音が聴こえないのには驚いた。

「イメージの詩」は同じヴァースが延々と続く長い曲で、譜面には繰り返し記号がたくさん書かれていた。なので集中して譜面を見ていないと、すぐにどこを演奏しているのか分からなくなってしまう。ぼくは神経を尖らせて演奏に集中した。

試しに最初に演奏したテイクを、コントロールルームでみんなで聴いてみた。
1テイク目の演奏なのに驚いたことにもの凄く良い。
浜田さんはもうこのテイクでバッチリだと言っている。もしや1テイクでレコーディング終了?
するとラス・カンケルがもう一回だけ演奏させて欲しいと言って来た。勿論誰も異論を挟むものはいなかった。

2テイク目の演奏も素晴らしかった。ぼくも何とかみんなについて行くことが出来た。
結局2テイク目の演奏が採用されることになり、レコーディングはすぐに終了してしまった。
その後、プロモーションヴィデオ用に何回か当て振りのシーンを撮影して「イメージの詩」のレコーディングは終了した。

この後、みんなでの食事会が予定されていたのだが、残念ながらぼくは後があって参加することが出来なかった。

ぼくにとって本当に夢のような一日が終わった。長年焦れていた夢が叶った瞬間だった。
そしてこのレコーディングにぼくを誘ってくれた浜田さんには、いくら感謝してもしきれない気持ちでいっぱいだった。

余談:ぼくは密かにレコーディングスタジオに、ジャクソン・ブラウンやクレイグ・ダーギー、ザ・セクションのCD&アルバムを持参していった。
あわよくばメンバーのサインを貰おうという魂胆だった。しかし実際スタジオに入ると、レコーディングスタッフ、ビデオの撮影クルー、スチールカメラマン、コーディネーター、マネージャー等、たくさんの人がスタジオの中にいて、とてもピリピリと張りつめた空気が漂っていた。とてもじゃないがその場でサインを貰えるような雰囲気ではなかった。そんな訳でぼくのサイン頂戴作戦は見事に玉砕した(笑)。
スタジオで談笑するピアノのクレイグ・ダーギーとぼく。